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Channel: あっちょんぶりけな毎日
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2年がたちました

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震災から、今日で2年。


去年のこの日とは、また違った気持ちで3月11日を迎えました。



うん。前に進んでいるんだな。きっと。



今年は、防災のことなど少し書いてみようと思います。


震災を教訓に、防災グッズなど揃えている方も多いと思います。

あの時、何が必要だったのか、誰かの役に立つかも知れないので書いてみようかな。


まず、水。

給水所に水を汲みに行くのは思っているよりたいへんでした。

折りたたみ式の給水タンクなんかひとつはあっても良いかも知れません。

我が家は、家中の水筒、鍋、バケツに新しいビニール袋を入れて、それに水を汲んでいました。


非常時に備え、2Lペットボトル何本かはストックしておくほうが良いと思います。


あとは、懐中電灯。

一つじゃたりないんです。

夜は、外もとーぜん真っ暗だから、一つじゃ子どもは怖がるのです。

誰かがトイレに行こうものなら、残された人はさらに真っ暗。

最低でも2つは必要です。


我が家の場合、停電は一晩で済みましたが、水が出ない、ということ悩まされました。

とにかくね、ビニール袋、紙コップ、ラップ、割り箸、コンビニのプラスチックスプーンなんかはとても重宝します。結構大量に使いました。

無駄と思わず、少しは置いておくといいかもね~。腐るものじゃないしね。


大震災、というと、すぐ避難所に行くのかな、と思うかも知れませんが、私のいる場所では、住宅が住めなくなるような大きな被害を受けたところは少なかったので、家で食事をすることができました。

買い置きって大事・・・、と感じました。ほんと。

特にアレルギーっ子だしねぇ。


スーパーなんかで、普通に、並ばずにいつもどおり買い物できるようになるには3週間~1ヶ月以上ぐらいかかったんじゃないかなぁ。


子どもがいると、3食以外に、お菓子やジュース、少しの楽しみがすごく大事だと思います。


私個人としては、非常用のカンパンとか買うなら、むしろ、普段から少し多めにお菓子を買っておく方が実際は役立つような気がします。期限が来る前に食べちゃえばいいし。


家にいて、何の楽しみもないって、寂しいもんねー。


あと、意外と役立つのは切り餅。

保存が利くし、お腹にもたまるので、震災以降、非常食に常備しています。


調味料なんかは、日持ちするので、最後の一つ+もう一つの買い置きは大事だと思います。

とりあえず、しょうゆ、味噌、しお、砂糖、油。

このあたりは置いておいても損はないと思う~。


アレっ子必需品の薬も、少し多めに持っている方が良いんじゃないかな。イザって時のためにね。


あの時は、すごく寒かったので、暖かくなる銀色の保温シートみたいなのも買いました。

あ、震災の後ね。

でも暑い季節だったら、いろいろ衛生的な問題、いっぱいあっただろうな、と思います。


我が家はオール電化で、停電の時非常に困ったので、カセットコンロも買いました。

やっぱり日頃の備えって大事だよね。




福島では、子ども達から順に、さまざまな健康管理をしています。

私の子ども達が受けたのは

外部被曝検査

甲状腺検査

内部被曝検査。


外部被曝検査はぶっちゃけ、ここに数値を書いたら「きゃー、今すぐ逃げて!」みたいな人がやってくるかもしれないので(笑)、書きませんが、その他の検査は異常なしでした。


我が家はわりと早いうちから福島産の野菜も米も食べています。


もちろん初めはモニタリングの結果をよーっく見て、これなら大丈夫かな、とか、慎重にやってましたが。


2011年産から福島のお米です。あ、もちろん放射性物質不検出の結果がでているやつね。



ここにこういうコトを書くと、人がどう思うか分からないけれど、

私たち家族が、そこそこ放射線量の高い地域で暮らして、福島の農産物を食べていても、検査はちゃんと異常なしだってこと、ちゃんと伝えておきたいと思いました。


正直に言えば、ここよりもっと遠くに住んでいる人が、放射線量や食べ物にピリピリする必要なんて、ないと思っています。


だって、ここで大丈夫なんだから。


また、5年後、10年後に出るとかいわれるかなー。

ま、いいです。

5年後も、10年後も、ちゃんと元気だって書けるようにしていこうと思うので。



私たちは、ここを離れたら、いろいろなものを失うばかりでした。

なんとか、ここにいても大丈夫な道はないのかな、

どうやったら、安心して暮らしていけるのかな。


そんなことを考えていたので、

ここで暮らしてくための知恵をくれるような情報にすがりついたのかもしれません。


でも、私には、早い段階で

「ココにいても大丈夫だよ。」

と、私に分かる言葉で説明してくれる人がいたので、気持ちを穏やかにしてここで暮らして来れたのだと思っています。


でもね、検査の結果がひとつずつ出てくると、ちゃんと、何が正しかったのかは明らかになってきていると思うんだ。


みんな元気に、2回目のあの日を迎えました。



遠くから、福島にいる人たちを応援してくれている人に、たくさんの感謝を込めて。




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